明日は棕櫚の主日というキリスト教の移動祝日で、イースターの前の日曜日にあたります。この祝日は、イエスがエルサレムに入城した輝かしい瞬間を記念する日であり、この出来事のことは、正典として認められている四福音書において言及されています。 明日は、今月の毎週日曜日に毎度ご紹介している通り、ヨーロピアナ所蔵の作品をご紹介しますが、今日はブレイクが制作したこの美しい光景をご紹介する機会を逃すわけにはいかなかったのです。
この絵は、ブレイクにとって最初のコレクターとなったトーマス・バッツのために描かれたもので、ブレイクからしても常軌を逸する作品となります。棕櫚の主日にエルサレムへと入城するイエスの姿は、独特な扱いを受けることとなります。イエスとその弟子一行は、比較的慣習的な描かれ方をしていますが、ブレイクが一時期採用していた画風に沿って、身体は引き伸ばされており、頭は小ぶりに描かれています。イエスの周りに集う民衆の姿は間違いなく型破りな描かれ方をされています。程度は人によって異なりますが、服を脱いでいるのです。様々な人物像が対照的な大きさで描かれていることが、スケールや視点の混乱を引き起こしています。
木々でできた「窓」からはエルサレムが見え、その木々を登る人々は、より高い位置にたどり着くことを試みています。エルサレムは、イエスが生きた当時に存在したこの世の町としてではなく、使徒ヨハネが目にした天の都として描かれています。
ブレイクはこの時期、彼の中の神話や預言に対して古典主義的な思想が与えた影響を再評価しており、かつて多くの作品に用いていた新古典主義の手法について、改めて考え直したものと考えられます。新古典主義は啓蒙主義とともに注目されたものですが、ブレイクはそれらを互いに入れ替えようとしました。この絵は、16世紀の手法であるマンネリスムのおかげで生まれたものです。 ナショナル・ギャラリーのウェブサイトによれば、マンネリズムは「絵画における卓越性が、洗練さや発想の豊かさ、匠の技を必要とするもので、画家の知性を強調する基準である」ことを実証したといいます。ブレイクは、この手法を使えば、自らの知性と発明性を使って聖書内の場面の新鮮な見え方を展開でき、その視点によって幻視すら目にすることができるようになるかもしれないということに気づいたのです。