フローラはローマ神話の春と花の女神で、しばしば芸術作品の主題となっています。レンブラントもいくつかのフローラ像を描いていますが、今日取り上げるこの絵はレンブラントによる最後の女性肖像画であるとともに、唯一モデルが特定されていない作品です。若くして亡くなった妻サスキア(1612-1642)とも言われていますが、彼女の顔がはっきりとわかる肖像画がないため確かなことはわかりません。フローラはこの絵の中で顔を横に向けています。画家にはこのフローラの個性を強調する意図が無かったと思われます。
他のレンブラントによるフローラのモデルはサスキアだということがはっきりしていますが、この作品はそれらのフローラとは大きく異なっています。1634年、1635年作のフローラは豪華な衣装と凝った花の髪飾りや小道具を身につけていてまるでおとぎ話から抜け出てきたかのようです。ところがこのフローラは時を超越しているかのようで奇妙なほど現代的です。彼女の衣装は簡素な白いブラウスとウエストをベルトでとめた黄色いスカート。シンプルな真珠のネックレスとイヤリング以外には目を見張る装飾品は何も身につけていません。このフローラはあらゆる時代の全ての女性の肖像なのかもしれません。花をあしらった美しい帽子だけが、彼女が春の女神であることを物語っています。(アレクサンドラ・カイリー/文)
フローラに扮するサキアの肖像画はここです。