牡丹 by Yun Shou-p'ing - 17世紀 - 28.5 x 43.0 cm 牡丹 by Yun Shou-p'ing - 17世紀 - 28.5 x 43.0 cm

牡丹

画帖の一頁、紙に墨と絵具 • 28.5 x 43.0 cm
  • Yun Shou-p'ing - 1633 - 1690 Yun Shou-p'ing 17世紀

惲寿平(うん じゅへい)は、経済的に困窮した家庭で育ち、(才能豊かな学生として)仕官試験を受けることもできませんでした。それでも、彼は勉強に打ち込み、8歳の時には蓮の花に詩を書いて大人たちを驚かせます。その詩は自由、書には褚遂良(596~658年)の魂が宿り、画は生気に溢れていました。同時代の人々は、「詩書画三絶」と称して芸術における彼の功績を讃えました。

若い頃は古典的な手法で描く山水画を得意としていましたが、山水画の大家、王翬(1632~1717年)に出会って、王の技量にはとても敵わないと悟り、こう言ったとされています。「この分野では、あなたが体得した腕と才能は傑出している。私がどんなに頑張ったところで二番がせいぜいだ」その後、惲は山水画をあきらめ、花卉画や、墨で描く竹、動物、昆虫の描き方を学びます。惲は、古い様式と新しい様式の両方を学び、花卉画で名高い徐煕の孫、徐崇嗣(11世紀頃)のスタイルに由来し、墨と水性顔料を用いる没骨法に熟達します。こうして独自の画風を確立して名声を得た惲は、常州派として知られるようになりました。

この作品は、王翬の絵も載っている「花卉山水画帖」の2頁目に描かれたもの。三輪の牡丹が色と位置を変えて描き分けられています。富と繁栄を象徴し、中国では花の王様とされる牡丹。紫がかった茶色の花は葉の陰に隠れ、濃い赤の花は上に向かって咲き広がり、白い花は後ろを向いています。けばけばしくなるのを恐れて、派手な赤と緑は使わないようにする画家が多い中で、惲寿平は、調和のとれたバランスを取り、色遣いの優雅さを保ちながら、花の美しさを表現し、水性顔料の扱いに非凡な才能を発揮しています。

素晴らしいですよね。

P.S. 絵画の中の美しい花の数々をこちらでご覧ください。